綺麗な人、イカす人

岩崎 恭子

子供のころは病気知らず。
風邪をひいた記憶もない。
水泳が私の健康な体を作ってくれた気がします。

KYOUKO IWASAKI

岩崎 恭子

1978年、静岡県沼津市生まれ。スイミングアドバイザー。14歳で出場したバルセロナオリンピック200m平泳ぎで、史上最年少で金メダルを獲得した。続くアトランタオリンピックにも出場し、2大会連続のオリンピック出場を果たした。1998年の競技引退後はアメリカへ児童の指導方法を学ぶために留学。現在は、水泳の指導ならびに水泳の楽しさの伝えるためのイベント出演を中心としながら、メディア・トークショー出演、執筆活動などを精力的に行っている。シドニー、アテネ、北京オリンピックでは、現地からオリンピアンの視点で様々な情報を日本へ発信するアスリートキャスターとしても活躍。また、2011年春に第一子を出産し、母親として日々奮闘中。

私にとっての健康を考えたとき、やはり水泳は切っても切り離せません。始めたのは5歳のとき。よく皆さんから“オリンピックを最初から目指していたんですか?”や“親御さんの英才教育で?”といったことを聞かれるんですけど、そんなことはまったくなくて(笑)。姉がすでに通っていたこと、体力作り、あと地元が静岡県沼津で海が近いので早く海で泳げるようにという両親の親心からたまたまというか(笑)、偶然に近い形で水泳を始めるようになったんです。ですから、もちろんオリンピック出場ともなると厳しいトレーニングを積んでいったわけですが、小学生のころなどはほんとうに体力作りの一環という感じで。練習を強要されることもなく、楽しくスクールに通っていました。そのおかげでしょうか、子供のころははほんとうに病気知らずで。風邪をひいたという記憶もほとんどありません。むしろ現役を退いたあとぐらいから、ちょこちょこと体調を崩すことがあって。知らず知らずのうちに、水泳が私の健康な体作りになっていてくれたんだなと実感することがいま多いですね。

私自身の体調を管理してくれた母の手料理に感謝。
私も家族の健康を考えたバランスのいい食事を心がけています。

それから、現役を退いて実感したことがもうひとつ。それは大学進学で親元を離れたこととも関わるのですが、食生活の大切さです。高校まで実家にいる間、私は母の手料理を食べて育ってきました。母はもともとお料理が大好き。それもあったとは思うのですが、振り返るとすごく私の体を気遣ったメニューが食卓に並んでいました。それこそ海のもの、山のもの、旬の食材など使ったバランスのよい食事を、いつも手間を惜しまずに作ってくれていました。しかも例えばお肉なら余分な脂を落としり、素材によってはボイルしたりと工夫もしてくれていた。私も子を持つ親になりましたが、ちょっとまねできないぐらい(苦笑)。大学のころ、体調を崩したとき、お医者さんに言われたんです。“外食や出来あいのものばかり食べていませんか”と。まさに当時の食生活は指摘通り。そのとき、食の大切さを知るとともに、これまで母が私の健康をよく考えて、きちんと体調管理をしていてくれいたことを実感して。ほんとうに今も母には深く感謝しています。そういうこともあってふだんからバランスのとれた食事を心がけています。お野菜がいっぱいとれるのでスープかみそ汁は必ず作るようにしています。また、私もスポーツに関わるお仕事をさせていただいていて、主人(ラグビー選手の斉藤祐也さん)もアスリートということで、健康や食に関するいろいろな情報がけっこう入ってくるんですね。なので、疲労軽減や免疫力回復などの効果がアミノ酸にあると知ったら、酢の物を積極的に献立にとり入れたりと、実践することも多いです。

食に関するお話ばかりになってしまうんですけど、私はおいしいものに目がなくて。ある意味、趣味は、おいしいものを食べることかも(笑)。知人や友人と食事にいっておいしいものを食べながらおしゃべりをするのが1番のストレス発散方法で、気と心の充実にもつながっています。ですからこれだけは我慢したくない。でも、体重は気になる。ということで運動することも心がけています。まだ子供が小さくて以前のように気軽にジムに通ったりなかなかできないのですが、そこは自分なりにひと工夫。例えば、以前ジムで習ったトレーニング法を日々のお掃除の動作に組み入れたりすると、これがけっこういい運動になるんですよ。そんな風に運動不足の解消と体力作りに今は努めています。

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