冨田 洋之

アスリートライフ

健康な身体と、美しい動きを身に付ける――
体操競技を、もっと身近なものにしたい。

全身をバランスよく鍛え、自分の身体を思い通りにコントロールする技術を身につける体操競技は、日常生活でもけがをせず、健康的に過ごすためにとても効果的なスポーツです。体操選手は基本的にバーベルなどの器具を使わず、自分の身体を持ち上げてトレーニングします。そのため、自然なかたちで筋力を高めることができ、またストレッチも重点的に行うことも特徴だといえるでしょう。

もっとも、本格的な体操をするためには専用の施設と指導者が必要ですから、一般の方がチャレンジしようとしても、その機会は非常に限定的になります。ですが、その要素を日常に取り入れることはできます。例えば、家の壁を使って倒立=逆立ちをしてみるだけでも、日ごろ使わない筋肉を引き締めることができますし、また平衡感覚を司る三半規管を含め、身体のバランスをよくする効果も期待できます。体操由来のエクササイズやストレッチも「美しい身体をつくる」ためのメソッドとして話題になることが多く、老若男女を問わず、チェックしていただきたいと思います。

体操競技では、「いかに難しい技を繰り出すことができるか」というポイントとともに、「それをいかに美しく見せるか」ということを競います。そのため、日常の所作をよどみなく、美しく見せたい方にとって、体操選手の動きはとても参考になるでしょう。例えば、体操選手が演技に入る前に歩いている様子を想像してください。「歩く」という極めて日常的な動作でも、きちんと背筋を伸ばし、手や脚の曲げ伸ばし、効率的な運び方を意識することで、見え方は大きく変わりますし、その積み重ねが体型の維持にもつながっていきます。

小さいころに体操を経験すると
ほかのスポーツをする上でも
基礎となる体幹を鍛えられる。

2012年のロンドンオリンピックで、内村航平選手が男子総合の金メダルを獲得するなど、日本人選手の活躍もあり、最近はお子さんに体操を習わせたいというご両親が増えています。体操というと、宙返りなどアクロバティックな技が印象的で、運動能力が高い特別な人しかできないように思われがちですが、「日常的な動作」がほとんどないので、スタート地点は誰もが一緒。反復運動できちんと身につけることができますし、また今後ほかのスポーツをする上でも基礎となる体幹を鍛えることができるので、小さいころに体操を経験するメリットはとても大きいと考えています。将来的には健康寿命を延ばす一助となる可能性もあるでしょう。

私は現在、順天堂大学の教員として、日々一般の学生、そして体操部の選手たちの指導にあたっています。まったく経験のない学生が、たった数ヶ月で前方宙返りができるようになるケースも多く、きちんとトレーニングをすれば、驚くような動きができるようになるんです。他の競技で優秀な選手で、その競技での身体の使い方が染み付いている人より、本格的なスポーツ経験がなく、まっさらな状態の人のほうが上達が早いのも、面白いところですね。

HIROYUKI TOMITA冨田 洋之

1980年生まれ。元体操選手。2004年8月、アテネオリンピックでは日本チームのエースとして出場。団体総合で日本の28年ぶりの金メダル獲得に貢献したほか、種目別の平行棒でも銀メダルを獲得。2005年の世界体操競技選手権個人総合では、日本選手として31年ぶりに優勝を果たした。2008年8月、北京オリンピックでは団体総合の銀メダル獲得に貢献。全6種目に強い世界有数のオールラウンダーであり、技の美しさでも高い評価を得た。現在は、順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科助教として後進の育成に努めるほか、国際体操連盟の男子技術委員として体操の普及にも力を入れている。

体操部のコーチとしては、27歳で現役を退き、選手たちと近い年齢で指導者になったので、悩みも少なくありません。ただ、いま大学に入ってくる子たちはちょうどアテネ五輪を観て体操をはじめた世代なので、リスペクトしてくれていることが伝わってきます。そうした環境に甘えず、個々の選手の特徴をきちんと捉えて、それぞれの性格や能力に適した指導を行えるようにと、日々努力しています。6月に行われたNHK杯で、世界選手権代表に選出された野々村笙吾、加藤凌平をはじめ、順天堂には有望な選手がいますから、コーチとしてきちんと導いていきたいですね。

現在は国際体操連盟の男子技術委員としても活動しているので、指導者として世界を舞台に活躍できる選手を育成するとともに、競技のルールや採点指針についてもしっかり考え、体操の普及に努めていきたいと考えています。とても魅力的な競技で、注目度は高まっているとはいえ、体操はなかなか「身近なスポーツ」とはいえない状況であり、観客がより楽しめるルール、見てわかりやすい採点指針を作ることが特に重要だと思っています。

競技としての注目度とは裏腹に、最近では鉄棒がある公園も少なく、「逆上がり」すら最後にいつしたか思い出せない、という方も多いと思います。また地域に体操クラブはあっても、子ども向けで大人が気軽に学べるものではなかったりと、競技を身近なものにするための環境整備には、課題が少なくありません。選手の育成、ルールづくりから競技の魅力を多くの人に伝え、少しでも体操競技が日常的なものになるよう、努力していきたいと思います。

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2014.07.22 UP