高野 進

アスリートライフ

速く走りたいと思うことは、人の成長の原点。
さらに、いつまでも元気に走ることで健康寿命の伸長を。

走ることが健康に良いことは広く知られており、ジョギングやマラソンを行っている人は多いですが、それだけでは衰えてしまう筋肉があります。それは短距離走などの無酸素運動を行う際に使われる「速筋線維」です。子どものころ、特に低学年は自然と速筋線維を使っていて、大人がいくら「走るな」と言っても走りますね。ある時期までは皆、速く走れるようになりたいと望みます。小学生にアンケートを取ると、おおよそ7割が「走るのが好き」と答え、残り3割が「嫌い」と答えますが、「速く走れるようになりたいですか?」という質問には99%が「はい」と答えます。速く走ることにチャレンジするのは人類の特徴で、それが我々の向上心、クリエイティブに生きていくことの基本になります。走るということは、人の成長の原点なのです。

子どもたちに走ることを教える際は、まず「走ることが嫌い」という感覚を植え付けないことが大切です。そのために重視しているのが「楽しく走ること」と「上手く走ること」。スピードや順位は走るということの要素のひとつで、全てではない、ということを教える必要があります。まず走ることの楽しさを教え、自分の走りと向き合う気持ちを子どものころから持たせたいと考えています。私は今、大学で走ることを研究し、授業をしていますが、やはりその中だけで終わってはいけないと考え、社会的な発信源として日本ランニング振興機構というNPO法人を作りました。そこでは、音楽に乗って皆で揃って楽しく、ダンスのようにスキップをする「リズミックラン」や、ただ速く走るのではなく、上手に走ることを提唱するランニングの「技能検定」というものを行っています。

80歳になっても走れるという意識は、
自分の生きがいや、パワーの源になる。
「散歩に三歩」で健康寿命の伸長を。

皆と一緒に合わせる、上手に走る、ということには、学習と社会的な接触という適度なストレスが脳にかかります。それらのバランスがうまく取れると、健康な身体を作るだけではなく、「健康な脳」を育む効果も期待できます。走ることと歩くことは根本的に違う動きで、歩くのは無意識にできますが、走るには、まず「走ろう」という意識を持って踏み切らなければいけません。脳と筋肉の処理が、歩くのと走るのでは全く違っていて、体を宙に持ち上げて、着地し、次の一歩をどうやって弾むか、頭の中で処理しながら筋肉に指令を出しています。走ることは体の健康だけではなく、アメリカでは学習効果が上がるという報告も出ています。

もちろん、走ることはシニアの方の健康維持にとっても大切です。日本の平均寿命は長いですが、健康寿命はそれほど長くなく、とりわけ女性はちょっとした運動の際に転倒骨折して、そのまま寝たきりになってしまうケースが多いようです。そういった事故を未然に防ぐためにも、走ることを習慣付けたいものです。

走ることを習慣にするために、私が提唱しているのが「散歩に三歩」という健康法です。これは散歩中に三歩だけ走るというもので、毎日帰宅する際に、家の10m手前から少し走って玄関に入るだけでいいのです。これだけでも筋力の維持に役立ちます。何よりも「いつでも走れる」という意識は自信につながります。70〜80歳になってもその気になれば走れる、という意識は、生きがいや、パワーの源になるのではないかと思います。私は未来の自分も含めて、「走れる高齢者」をこれから増やしていきたいと考えています。

SUSUMU TAKANO高野 進

1961年生まれ。静岡県富士宮市出身。東海大学体育学部教授。91年に400m44秒78の日本記録を樹立。同年世界選手権東京大会では400mで7位に入賞した。翌92年バルセロナオリンピック400mでも8位入賞。いずれも400mでは日本人初の快挙だった。引退後は、東海大学陸上競技部短距離コーチとしても活躍。世界選手権パリ大会200m3位などの末續慎吾、北京オリンピック400mリレー3位の塚原直貴らを育てている。2013年より東海大学陸上競技部監督に就任。NPO法人日本ランニング振興機構理事長としても活躍中。

ただ、間違った走り方をすると関節を痛めてしまう場合もあるので、正しい走り方を学ぶことも大切です。今ではいろんなところでランニング教室をやっていますし、もちろん日本ランニング振興機構でも指導を行っています。生涯スポーツとしてランニングを行うためにも、一度通ってみると良いかもしれません。私たちの場合は「クレヨン走法」というものを教えています。足を『く』の字に曲げて走る、ジョギングレベルの走り。『レ』は踵をお尻に近づけて走る、ジョギングよりは速い、長距離ランナーの走り。『ヨン』は数字の『4』です。膝を前に上げる、短距離走の走り。「レから4の走り」を正しく学べば、長期に渡って走ることが可能でしょう。

また、ランニング教室では仲間を作ることもできます。ひとりで黙々と走るのが好きな方もいらっしゃいますし、それはそれで良いのですが、自分の世界を人と共有することは大切だと思います。私たち人類にとって共通感覚を持つことは非常に重要で、走ることはそれを可能にしてくれます。例えばボルトが走るとき、世界記録を出しそうなとき、多くの人が関心を持ちます。それは、「走る」ということに対して、誰にでも共通感覚があるからです。9秒台のロマンは、人類として共有できる――つまり、走るということは言語を越えたコミュニケーションでもあるのです。

6年後には東京オリンピックが開催されますが、単に人が集まるスポーツ大会ではなく、その理念も含めて意義のあるものになってほしいと私は願っています。私も当然、指導者としてオリンピックを目標にして、そこで勝負できるような選手を育成したいと考えていますが、それだけではなく、走るということはどういうことなのか、多くの人に改めて考えてもらえるよう、様々な情報を発信していきたいです。

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2014.09.01 UP