河合 純一

アスリートライフ

どんな人でも、体ひとつで楽しめる――
水泳は「バリアフリー」の可能性を

私は競泳の日本代表選手として、92年のバルセロナ大会から、2012年のロンドン大会まで、6大会にわたってパラリンピックに出場しました。これだけ長く続けられたのは、多くの方のサポートを受け、喜びの瞬間を共有できたからです。その素晴らしさに比べれば、日々の苦しさなんて小さなものでした。そして何より、そもそも泳ぐことが大好きだったからこそ、ここまで来られたのだと思います。

水泳は水中の浮力を使い、足腰を弱くされた方、ご高齢者も含め、誰でも効果的な運動ができるスポーツです。それは障がいのある人にとっても同じで、パラリンピックに採用されている競技の中でもおそらく唯一、道具を使わずにチャレンジできるスポーツでもあります。義手も義足も、車いすも使わずに、自分の身体ひとつで、前に進むことができる。老若男女、障がいの有無も問わず、長く続けられる、とても素晴らしいスポーツだと考えています。

現役を引退してからは身体を動かすことが減りましたが、今でも時おり泳いでいます。

スポーツを通じて、
すべての人が心身ともに
健康に過ごせる社会を実現したい。

とは言え、誰もがいつでも気軽にスポーツを楽しむ環境は、必ずしも整備されているとは言いがたい状況です。体育館にしても、プールにしても、公共のスポーツ施設は管理する側の視点での運用が目立ちます。つまり、朝は始業時間の9時から、というケースが多く、これでは平日に働いている人はなかなか利用できない。ヨーロッパでは早朝の6時からやっている市民プールがあり、ひと泳ぎしてから通学、出社することができる都市も少なくありません。また障がい者にとっては、その施設に行く前の段階でもさまざまなハードルがあるわけですから、日常的に運動をするのはなかなか難しいもの。運用コストなどの問題もあり、一概にそれが正しい、と言い切ることはできませんが、スポーツ振興という意味では、こうした状況も改善しなければならないと考えています。

私は現在、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会アスリート委員会の副委員長として、大会を盛り上げるための取り組みをしています。特に、パラリンピックについては、言葉としては98%の方がご存じですが、実際に競技に出ているのはどんな人達なのか、具体的な知識を持っている人は0.2%だったという統計があります。(日本財団パラリンピック研究会「国内外一般社会でのパラリンピックに関する認知と感心」調査結果報告)今後は競技の中身や魅力を知ってもらうための活動をしていかなければなりません。

2020年のパラリンピックを考えたとき、成功といえるかどうかは、ふたつの要因があると考えています。ひとつは、観客席を満員にすること。選手がパフォーマンスをする上で、最高の舞台は大声援があることです。もうひとつは、国内の選手が金メダルを獲得すること。日本人のヒーローやヒロインが誕生することで、障がい者スポーツに対する認知度をさらに広げてくれるでしょう。それがバリアフリーに、運動が楽しめる場所が増えることにつながれば、素晴らしいと思います。

JUNICHI KAWAI河合 純一

1975年生まれ。パラリンピック競泳・金メダリスト。生まれつき左目の視力がなく、15歳で全盲に。小学生時代に始めた水泳を続け、17歳でバルセロナパラリンピックに出場。2012年のロンドン大会に至るまで6大会連続で出場し、実に21枚(金5・銀9・銅7)のメダルを獲得する。現在は独立行政法人日本スポーツ振興センターに所属し、(一社)日本パラリンピアンズ協会会長、(一社)日本身体障がい者水泳連盟会長として活躍するとともに、2020年東京五輪・パラリンピックアスリート委員会の副委員長として、大会を盛り上げるため尽力している。

本当の「バリアフリー」とは、決して障がいを抱えている人にだけメリットがあるものではありません。例えば、ロンドンパラリンピックでは視覚障がいを持つ観客に向けた配慮として、ラジオを通して細やかに競技の解説をするというサービスを導入しましたが、一般の観客にとても評判がよかった。これもパラリンピックの課題ではありますが、障がい者スポーツにはルールやクラス分けがわかりづらいものも少なくありません。ラジオの解説を通じて、それが多くの人に伝わったということです。これはバリアフリーを目指そうとした結果、幅広くメリットがあった好例だと言えます。

妊娠中の女性も、ベビーカーを押すお母さんも、視覚や聴覚に障害がある人も、あるいは外国の方も、心身ともに健康に過ごせるバリアフリーの社会。東京五輪、パラリンピックに向けてそれを追求していくことは、きっかけは「マイノリティーへの配慮」かもしれませんが、結果として多様性に寛容で、誰もが快適に暮らせる環境づくりにつながっていくと考えています。

私はもう少しで、目が見えなくなって25年になりますが、「見えているものが、本当にすべてなのか」とよく思います。「法律に書いてあるから、エレベーターやスロープを設置すればいい」では、本当のバリアフリーは実現しないのです。それよりも、人の気持ちに思いを馳せ、目には見えない大切なものを見つけていくことが重要なのではないでしょうか。パラリンピックを通じて新たな価値観や感性に触れることで、そういうことを感じていただければうれしいです。50年ぶりに日本に訪れるスポーツの祭典が、体の健康だけでなく、心の豊かさにもつながるものであってほしいと願っています。

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2014.12.15 UP