秋田県

じゅんさい

『古事記』の頃より愛されてきた“食べるエメラルド” 県の本気の取り組みで、1年を通じて食べられる名物に

小舟に乗り、
ひとつひとつを手で摘み取る様は
三種町の夏の風物詩

スイレン科の多年草で、高級食材として珍重されているじゅんさい。その歴史は古く、『古事記』や『万葉集』の時代から、奴那波(ヌノハ)、沼縄(ヌナワ)の名で親しまれていた。そんなじゅんさいの栽培量日本一を誇るのは秋田県北西部、男鹿半島の北側に位置する三種町だ。このエリアには美しい水を湛えた池沼が多く、昭和の初期までは自生しているじゅんさいを収穫して食べていた。一部、近隣に販売する者もいたが、料亭が栄えていた近畿圏ほどにはじゅんさいが知られていなったことから、市場用に栽培するという考えは根付かなかったようだ。

しかし、1936年(昭和11年)に転機が訪れる。キーマンは兵庫県明石市にあった金陵食品加工会社の岸本清社長。この会社、もともとは京都や兵庫の池沼を利用してじゅんさい栽培を行っていた。そこに秋田県出身の女性が入社したのだ。「関西では人気があるのに、栽培に適した池は少ないんだ」そう嘆く岸本氏に、「私の故郷にたくさん自生していますよ」と女性社員。さっそく、森岳地区(現在の三種町)へ飛んだ岸本氏は、環境の素晴らしさと上質なじゅんさいに感動し、栽培方法や加工技術、じゅんさいが地域経済の活性剤になること等を惜しげなく人々に伝えた。かくして、三種町で採れるじゅんさいは「森岳じゅんさい」と呼ばれ、今では国産じゅんさいの9割を占めるに至っている。

人に収穫期を告げる小さな若芽は、
その土地の環境の健全性をも教えてくれる

今が最盛期だという「森岳じゅんさい」を栽培する櫻庭卓美さんを訪ねた。25mプールほどの櫻庭さんのため池には直径10センチほどの艶やかな葉がびっしり。その若芽や幼葉だけが「森岳じゅんさい」として流通する。収穫期は5月上旬から8月上旬で、7月下旬には赤暗色か白色の花が咲く。「この辺りじゃ、花をみて収穫シーズンの終わりを知るんだ」と櫻庭さん。池の周りには名も知らぬ草花が揺れ、時折、カエルが水に飛び込む静かな音が響く。そんな静けさの中、1畳ほどの大きさの小舟に乗った女性が操り棒を使いながらゆっくりと移動していく。成葉をめくり、水中の若芽ひとつひとつを親指の爪で茎から切り離しているのだ。船に腰かけたまま、背を丸めての重労働。女性の手元を見ると、軍手の親指の部分だけ2センチほど切り取られていた。

バケツいっぱいの「森岳じゅんさい」を見せてもらった。透明の粘質物に包まれた若芽がふるふると揺れている。陽光を受けて光る様は、まさに「水中に芽吹くエメラルド」だ。ぬめりの正体は、ガラクトースなどの多糖類。若芽や幼葉は食物繊維やポリフェノール、ビタミンB2、亜鉛などを含む。しかし、全体の90%を占める水分こそ「森岳じゅんさい」の要。このエリアでは、世界自然遺産の白神山系素波里ダムから冷たい水を引いている。ミネラルたっぷりかつ清らかな水質でしか育たない「森岳じゅんさい」は、水質汚濁や雑草、高温や農薬にも敏感に反応するため、栽培対策を誤ると容易に死滅してしまうという。この小さな若芽は、自然環境の健全性をはかる指標にもなっているのだ。

生のじゅんさいは、ぬめりが落ちないよう軽く水で洗い、水気を切った後に熱湯に入れる。次に鮮やかな緑色にかわったところを冷水にさらせばよい。ぷるんとした食感とプツンと切れる歯触りが心地良く、クセになる美味しさだ。一般に寒天質が多いほど上質とされ、若芽のみを使用する料亭も多いが、少し育った幼葉もすこぶる旨い。独特の歯ごたえがある幼葉を鶏肉や野菜と煮込んだ「森岳じゅんさい鍋」は、土地の新しい名物として根付きつつある。
最近は安い中国産も多く出回っているが、「森岳じゅんさい」はそれに押されまいと農林水産省が推奨している安心・安全の証明、JGAP認証(Japan Good Agricultural Practiceの略)を取得。JA山本農協(当時)が国や町の投資を受けて、ぬめりを保ったまま冷解凍ができる特殊な設備を作り、1年を通じて上質なじゅんさいが手に入る環境も整った。さあ、のど元をつるりと滑り落ちてゆく食感を存分に楽しもう。

秋田県の
地産地消事情

美人や美酒を生んできた清らかな水が、
あらゆる農作物に恵みをもたらす

秋田といえば「きりたんぽ」。その元になるのが昨年デビュー30周年を迎えた「あきたこまち」だ。その美味しさを育むのは白神山系のミネラル豊富な水と肥沃な大地。当然、米が旨けりゃ、酒も旨い。県内には飛良泉や千歳盛など古くから続く酒蔵が点在している。独特の歯ごたえと濃厚な脂が旨い日本三大地鶏の「比内地鶏」は、生育が難しい日本固有種を交配させたもの。その他、手延べ独特の滑らかな歯触りが嬉しい日本三銘うどんの「稲庭うどん」など、名物をあげればきりがない。恵まれた土壌環境のため、多くの伝統野菜も存在する。三種町の「森岳じゅんさい」をはじめ、とんぶり、ちょろぎ(シソ科の多年草で球根のように見える塊茎部分を食す)、茎を食す「赤みず」(写真)も初夏の風物詩だ。根に近い赤い部分には独特のぬめりがあり、味噌と共にたたいて食せばごはんが進む。