兵庫県

明石タコ

環境負荷の少ない伝統のたこ壷漁で、明石海峡の恵みをいただく

日本有数の潮流にもまれ、
美味かつ筋肉質に育つ
明石タコ

日本の時刻の基準となる東経135度子午線が通る「時のまち」明石。その子線上には明石市立天文科学館があり、日本一長寿のプラネタリウムが今も活躍中だ。長閑な街をブラブラ歩いていると、至る所にユニークな子午線標柱を見かけるのも楽しい。『源氏物語』では光源氏と明石の御方との恋の舞台となり、『平家物語』ゆかりの史跡も多い明石は「歴史のまち」でもある。この地は200万年前、大きな湖の底にあったと言われており、当時この湖の畔に住んでいたアカシゾウやシカマシフゾウ(大型の鹿)等の化石が海岸付近で数多く発見されてもいる。太古のロマンに想いを馳せ、そぞろ歩くのもまたよし、だ。

歌聖と呼ばれた飛鳥時代の歌人・柿本人麻呂も明石を歌に詠んでいる。人麻呂を祀った柿本神社の境内からは、大阪湾と播磨灘を分ける明石海峡を望む事ができる。市民の憩いの場となっている海岸は瀬戸内特有の穏やかさだが、最速時は6ノット以上(時速約12km)と潮の速さは日本有数。その理由は潮の干満。満ち潮では太平洋から潮がドッと大阪湾に押し寄せ、明石海峡から播磨灘へ流れ込む。明石海峡は深度差が大きく(最深部で120mほど)、幅は最狭部で3.6kmと狭い。このため、潮が流れ込む際に凄まじい流れが生じるのだ。同時に狭い出口からあふれ出た海流は、水深20mのラインに沿って反転する渦を生じさせる。この潮は「イヤな満ち潮」から転じて「イヤニチ」と呼ばれ、明石海峡に豊かな海の幸をもたらす。

その理由は、回転してぶつかる海流が湧昇流となり、海底に沈んだ栄養源を海面に巻きあげるから。この海流は砂礫や岩礁、ごろ石の丘陵地帯をも形成し、そこに植物性プランクトンや海藻類が発生。続いて動物性プランクトンが繁殖し、これに鯛やイカナゴなどの稚魚が集まる。カニやエビなどの甲殻類はもちろん、鯛の稚魚はマダコの大好物。特別なエサを食べて育つマダコ、通称「明石タコ」は潮の流れが速い場所で育つため、自ずと鍛えられて身の締まりがよく、足もグッと太い。独特の旨みとプキッと心地いい歯ごたえは恵まれたエサと環境によるものだ。

「麦わらだこ」と呼ばれ、
愛される夏場の明石タコ

タコは体を保護する術を持っていないので、岩場に潜んで外敵から身を守り、目の前のエサを食べる。その習性を利用したのが「タコ壷漁」だ。昔は素焼きの壷を使っていたが、現在はプラスチックにコンクリートの重しを入れた壷を使用する。その重さは2〜3キロ。ひとつでもズシリと重い壷を100〜150ほどくくりつけたロープを海に沈め、1昼夜待って回収する。ロープは長いもので2kmほど。巻き取り機を使い、3人がかりでも上げ終わるのに2時間ほどかかるという。重労働かつ効率が悪いため、現在はたこ壷漁を行う漁師は減っているが、資源保護等の観点から伝統的な漁を行っている人々がいる。鈴木さんと弟さん、その3人の息子さんたちだ。春先に卵を生むマダコは麦の穂が出始める7月頃から旨くなる。そのため、この時期の「明石タコ」は「麦わらだこ」とも呼ばれ、地元の人々に愛されている。そんな「明石タコ」を5人の鈴木さんと追った。

早朝、港を出ると、明石タコの1本釣り漁を行う小舟が浅瀬を行ききしている。それを横目に深部に移動し、弟さんがロープを投げ入れる。その先を見ると浮きなどの目印が一切ない。問うと、「潮が速いから浮きをつけても流されてまうんや。今はGPSで場所を探せるけど、昔の人は山の地形から場所を割り出したらしいで」と鈴木さん。次に前日のロープを引きあげると、数個にひとつの割合で壷から明石タコが躍り出てくる。寛いでいた所を引き上げられて戸惑っているのか、一瞬、硬直してから元気に動き出す様が愛らしい。「タコは引き上げの時に暴れて表面が傷つくだけで死んでまう。実はデリケートなんや」と鈴木さん。細心の注意を払って引きあげた明石タコは素早く水槽に入れられる。この日は1.5キロほどの大物をはじめ、なかなかの豊漁だった。

獲れたての明石タコは大、中、小、特大の大きさに分けられ、セリにかけられる。塩でこすってぬめりを取り、下ゆでした明石タコを早速いただいた。きゅっと締まった身を噛みしめると、上品な旨みがじんわりと口中に広がる。噛めば跳ねかえすほどの弾力には生命力が漲っているようだ。この日は貴重なたこの卵も食べさせてもらった。卵粒が連なり、藤の花のように見えることから、「海藤花(かいとうげ)」と呼ばれるたこの卵はプチプチとした食感が楽しい一品だ。
淡白ながら旨みが持続する低カロリーの明石タコ。刺身や酢の物、煮物など幅広く料理に役立てたい。

兵庫県の
地産地消事情

日本海と瀬戸内海に挟まれた兵庫県は
四季折々の海の幸、山の幸に恵まれている。

瀬戸内側で春先に獲れるイカナゴは、季節の訪れを告げる魚と言われている。これを甘辛く煮込んだ釘煮は家庭によって味付けが変わるおふくろの味だ。春から夏にかけては淡路島のアナゴや鱧が旨い。夏はもちろん、明石焼きで名高い明石タコの季節だ。朝獲れた明石タコはセリにかかり、これを直接買い付けた鮮魚店が昼には魚を並べる「明石の魚の棚(うおんたな)」は、庶民の台所でもある。秋になると明石海峡の風景は海苔漁のための網が張られ、ガラリと変わる。原藻が厚く色艶があり、風味豊かな明石海苔も全国有数の生産量だ。山側に目を向ければ、全国一位の生産量を誇る丹波の黒豆がある。ブランド牛の走りと言われる但馬牛や神戸ビーフはあまりにも有名だ。