東京都

小松菜

八代将軍・徳川吉宗が命名した  冬の青菜の代表格・小松菜

気概ある生産者によって広がる
原種に近い小松菜「ごせき晩生」
の魅力は、濃い甘みにあり

7年後にオリンピック開催を迎える日本の首都・東京。人口過密都市のイメージが強いが、江戸前寿司に欠かせない魚種豊かな東京湾、日本の代表的な観光地を星で評価する「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で三つ星に輝く高尾山など豊かな自然も有する。特に利根川水系の分流である江戸川流域の平野部では、古くから農業が営まれていた。なかでも江戸川区は冬の青菜の代表格「小松菜」発祥の地。江戸時代初期、現在の江戸川区小松川で将軍の徳川吉宗が鷹狩を行った際、名も無き菜が入った味噌汁が供され、その味を気に入った吉宗が、地名をとって「小松菜」と命名したことに由来するという。

その後小松菜は付近の農家に定着し、現在では生産者は減少したものの、江戸川区を代表する特産品である。そのPRの一貫として、区内の小中学校では2カ月に一度、全メニューに小松菜が入った「全校一斉小松菜給食の日」を実施している。まさに地産地消を地でいく試みだ。そんな小松菜の魅力をもっと知りたいと、江戸時代から10代続く小松菜農家・石井睦子さんの農園を訪ねた。長閑な住宅街の一角に突如出現した緑いっぱいの畑は、素人目にも良質だとわかる手入れの行き届いたふかふかの土で満たされている。畑の向こうには首都高。なんだか不思議な光景だ。

石井さんに導かれ、畑の中に建てられたハウスに入った。ここで作られているのは「ごせき晩生」という品種の伝統小松菜。原種に近いため、品種改良された小松菜のように形状が揃わずバラバラだが、ひとつひとつに豊かな表情がある。葉の形状は通常の小松菜より丸くて大きく、触ってみるととても柔らかい。ふと、ハウス内の気温が外気温と同じことに気付いた。ハウス特有の湿度も感じられない。よく見ると、ビニールと思っていた屋根や壁はネット状になっている。「これ、防虫ネットなんです。小松菜は虫の付きやすい野菜ですが、できる限り低農薬で育てたいので」とお嫁さんの直美さん。化学肥料等は使わず、米糠や馬ふん、腐葉土、油かすなどを独自にブレンドした土は、ほろほろと柔らかく手に馴染んだ。

種をまいてから35日ほど、葉が6〜7枚出た辺りが収穫どきの「ごせき晩生」は、霜が降り始めるこれから2月にかけて本格的な旬を迎える。細胞内に溜め込んだ「でんぷん」を「糖」に変えて糖分を増やし、自身の細胞が凍って壊れたりしないよう自己防衛するため、甘みとコクが強くなってゆくのだ。早速、口にしてみると、柔らかな歯触りながらシャッキリとみずみずしく、優しい甘さと濃い旨みがじんわりと口中に広がった。

お願いして、収穫しているところも見せていただいた。小さな木の椅子に座り、1株ずつ丁寧に手で抜いていく。抜き終われば椅子をずらし、3〜7株揃ったところで紫色の結束テープをかけていく。「昔は藁を小槌で叩き、柔らかくしたものを結束用に使っていたようです。私たち農家は結束することを『丸ける』というのですが、江戸川区では、丸ける際にシール状のテープを使うのではなく、伝統を踏襲してテープを結んで結束しているんですよ」と石井さん。そんな細部に伝統が息づいているのかと思うと、小松菜にかける地元の情熱がひしひしと伝わってくるように感じられた。

収穫の際、下の葉2枚を取り除き、ケースに入れて行く石井さん。こうしておくと、葉が黄色くなりにくく、鮮度が保たれるのだという。間引いた葉は畑の一角に設えられた大きなコンポストへ。そこに土をかぶせて数年置き、自家製の堆肥を作るのだという。ひとつひとつの野菜を慈しんで育てる睦子さん・直美さんは共に、都市農業者の担い手である意欲ある農業従事者として、「江戸川区認定農業者」でもある。
お浸しや中華風のクリーム煮、バター炒めなど和洋中の料理に活用できる「小松菜」。ゆでてカットしておけば、冷凍保存も可能だ。そんな汎用性の高い小松菜に、甘みが強い江戸川産の「ごせき晩生」という伝統小松菜があることを心に留めておこう。

東京都の
地産地消事情

かの歴史上の人物も食べていた!?
東京伝統野菜が次々に復活

東京周辺で伝統的に生産されていた在来品種の野菜を総称して「東京伝統野菜」という。「練馬大根」や江戸川の小松菜が有名だが、明治以降の急速な農地転用により消滅した品種も多い。それらを復活させようと若い生産者が在来品種を復活させる試みが近年、盛り上がりをみせている。見た目は大根のように長い「品川カブ」や今回ご紹介した「ごせき晩生」もその一例だ。伝統の味が蘇ったという点では、江戸っ子が愛した軍鶏を現代に復活させた「東京しゃも」も同じ。発達した筋肉によりコリコリとした食感が楽しめる。安心・安全にこだわり、ストレスのない環境で育てられた柔らかな肉質の豚「TOKYO X」や東京湾の穴子、アサリなども全国的に人気が高い。