新潟県

南蛮エビ

赤唐辛子のような鮮やかな朱色、
そこから名がついた南蛮エビ。

味良し、姿良し、鮮度良し。
三拍子そろった南蛮エビは
次世代にも受け継がれる。

新潟港の西45km付近に位置する佐渡島は、沖縄本島に次いで国内2番目にあたる大きな島である。まるでカタカナの「エ」のような形をしており、北の大佐渡と南の小佐渡を穀倉地帯である国中平野が結んでいる。佐渡といえば「金山」だ。島の西部に位置する相川に大きな金鉱脈が発見され、慶長6年(1601年)には徳川家康の直轄地に。以来、400年近く使用された金銀採掘に関する遺跡や建造物が今も良好な状態で保存されており、新潟県と佐渡市では「佐渡金銀山」の世界遺産登録を目指して周辺の調査を進めている。

佐渡沖は季節風や北上する対馬海流の影響により、冬は10度以下、夏は30度前後と水温変化が激しく、島の周囲には環境省が「快水浴場百選」に選定したとりわけ透明度の高い海が広がっている。なかでも赤泊の海は広範囲に渡って「アマモ場」が広がる。アマモは光合成をする種子植物で、透明度の高い海でこそ繁茂し、生き物の生育・繁殖場所となる。そのため、良質な餌で育った味の良いベニズワイガニや南蛮エビが獲れる。そこで、南蛮エビの水揚げをみようと赤泊港を訪ねた。

前日の朝降った雨の影響を受け、ミストのような霧が立ち込める赤泊港。朝10時を過ぎた頃に、静かに中川漁業の船が帰ってきた。ちなみに南蛮エビの正式名称はホッコクアカエビで、甘エビとも呼ばれている。「色と形が赤唐辛子(南蛮)に似てっから、昔から地元では『南蛮エビ』って呼んでるんだ」とは、新潟エビ籠漁協会会長の中川定雄さん。新潟県産の南蛮エビは県内各地で約500t水揚げされており、佐渡はエビ籠漁、それ以外は底曳漁業と漁法が異なる。

エビ籠漁は真夜中から始まる。深夜1時過ぎに港を出て、赤泊港から東へ17km〜18km付近でエビ籠を400m前後の深さまで沈める。円柱形の骨組みに粗い網(小さなエビは逃げられるようにするため)をかけたエビ籠の中にエサを入れておくと、海底でエサを探していた南蛮エビが中に入るというわけだ。沈めたエビ籠は3日後ぐらいに回収する。引き揚げた南蛮エビは、船上ですぐに雌雄と大きさを選別してケースにいれた後、わずか2℃の冷たい海水で満たされた殺菌冷海水供給装置にいれる。この装置の登場により、抜群の鮮度が保たれるようになったとは先の中川さん。

いよいよ水揚げの瞬間だ。ケースのふたを開けた瞬間、一斉にピチピチという音が溢れ、勢いあまった南蛮エビが数匹外に飛び出した。さすがの鮮度で、腹側は透きとおっており、背や頭はハッとするほどキレイな赤。長いひげや青い卵にもピンとハリがある。「獲れたての南蛮エビの色は何十年見ていても飽きないね」と中川さん。選別済みの南蛮エビは3キロずつきっちり計ってトロ箱に詰め、新潟の市場に送る。そこでセリにかけられ、大きなものほど高値がつくという。

獲れたての南蛮エビを食べさせてもらった。柔らかい殻をつるりとむく。身は一般の甘エビより大きく、口に入れると濃い旨みと優しい甘みが広がった。この甘さは脂肪によるものではなく、たんぱく質に含まれるアミノ酸によるもの。カロリーも低く、何匹でも食べたくなる。ちなみに佐渡市は、2011年に日本で初めてIQ(個別漁獲割当制度)を導入している。IQとは、漁業者ごとに年間何キロまで獲っていいかを事前に決め、出荷量をコントロールするシステム。獲っていい量が決まっていれば、漁師も「どんな魚でも取りあえず獲る」ではなく、より質の高い物を提供しようとする。つまりIQは、水産資源を獲りつくすことなく、持続的に活用しようと生まれた制度なのだ。日本海の荒波が豊かな漁場を形成している佐渡島では、南蛮エビをはじめとする水産資源を次世代に残そうと、画期的な仕組みづくりが始まっていた。

新潟県の
地産地消事情

長い海岸線と肥沃な越後平野が
海の幸と山の幸をもたらす。

新潟は本土と2つの離島(佐渡島、粟島)合わせて623kmの長い海岸線を持ち、その沖には広大な大陸棚と大小の天然礁により好漁場が形成されている。南蛮エビや寒ブリ、ノドグロ、柳ガレイなどが有名で、佐渡にある加茂湖では特産のカキが水揚げされる。日本海に面し、信濃川と阿賀野川流域に広がる越後平野では、古くから米作が盛んだ。その代表格は食味値の高い魚沼産コシヒカリ。淡麗辛口の酒を生む酒米作りも盛んで、2005年には山田錦と五百万石を親に持つ「越淡麗」が登場した。肥沃な農地は多くの特産野菜も育む。女池菜、ほうれん草などの葉野菜や巾着型の十全茄子、豪雪を利用した雪下人参、おおぶりの春カブも旨い。