給食

ヘルシー探偵団

給食

町興しに、地域の活性化、
そして、世代を越えた交流。
いま、“給食”が注目されている。

 

給食

「今日の給食は、パン、サンマの蒲焼き、けんちん汁、おひたし、牛乳、ミルメークです!」
割烹着姿の給食当番が配膳している。学級委員が献立を読み上げる。
「いたーだきーます!」
40人の児童たちが一斉に給食を食べ始める。かつて誰もが経験した給食の風景かと思いきや、見れば壮年の男性や、ご年輩のご婦人が混じっている。いや、教室にいるのはほぼ皆さん大人なのだ。

岡山県真庭市。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」など、数々の映像作品でご覧になった方も多いであろう。この地にある国の重要文化財、明治40年建築の旧遷喬尋常小学校の教室で、「まにワッショイ」という市民団体が、土曜日と日曜日だけ、一食900円で給食を振る舞っている。多いときは日に80名、取材当日も他県からの観光バスが校舎に横付けされていた。割烹旅館を営む岡本康治代表は言う。
「魚屋に八百屋、豆腐屋、色々集まって、皆で真庭市を知っていただこう、という活動の一環で始めました。給食を作ってくれているのは、実際に学校給食を担当していた『給食のおばちゃんOG』です。校舎や教室はもちろん本物、食器も廃校になった他校から譲ってもらったものなんです」
懐かしさ以上に、子供の頃は当たり前だった「たくさんの友達に囲まれた食事の時間」というものが、いかに素敵なことだったかを思い知る。一見、寸劇のようだが、揃って美味しく給食を食べる光景は、微笑ましいのを通り越して、少しホロッとくるほどだ。給食についての思い出は、世代によって異なるため、献立についてはアンケートを募り決定している。年輩客のダントツ人気No.1は「鯨の竜田揚げ」。若い世代なら「ポークビーンズ」などというのもあるらしい。

日本の学校給食が始まったのは、明治22年。貧困児童救済が目的であった。子供たちが家から持ってきた野菜等に味噌汁を供給する時代もあった。第二次世界大戦後、アンラ(国際連合救済復興機構)のフーバー氏(元米国大統領)が来日し、GHQに学校給食を行うことを勧めて、初めて戦後の学校給食が開始されることになった。ララ救援物資、ユニセフ寄贈のミルク給食等による副食給食から、パンによる「完全給食」へと変化し今日に至っている。こうした給食の歴史と意味を、女子栄養大学短期大学部教授、金田雅代さんにうかがった。
「昭和21年文部・厚生・農林三省次官通知『学校給食の普及奨励について』が各地方長官宛てに出されています。当時から、栄養改善による健康の保持増進や栄養の知識、偏食の矯正など学校給食の教育的意義が明記されており、今で言う『食育』の目指すものとなんら変わっていないのです。長年、家庭の食事で不足しがちなカルシウムや鉄分などの栄養素を補ってきたことも、学校給食実施してきた意味でしょうね」
昭和51年に米飯給食が登場した時をご記憶の方も多いだろう。この当時はまだ、パン、スパゲティやうどんなど給食の主力は小麦だった。意外なことに、高度経済成長期を越えてなお、給食として米を日本全国に行き渡らせるのは難しかったのだ。現在では逆にパンが月に一回という学校もあり、トンカツや豚のおろし焼き、ラーメンやビビンバが献立に並ぶこともある。「おでんとパン」ではなく、スパゲティにはサラダ、ラーメンには肉団子と、和洋中華、料理の組み合わせ、味のバランスが揃えられている。時代を経て、小麦中心が米中心になり、メニューのバリエーションも豊富になったが、その目的が「子供の正しい発育を促し、健康を増進するため」であるということは、今も昔も変わらない。
食の乱れ、肥満や痩身、生活習慣病予防まで食に起因する健康課題に配慮したり、地場産物を活用した食文化の継承をしていくという時代であり、今も昔も学校給食の図式は変わらない。給食に牛乳がついているのも、成長期に骨量を高めめておくことが将来の骨粗しょう症予防に有益であるからで、オリンピックや各種スポーツで日本人選手が世界で活躍している。その一端を担ったのも学校給食なのである。
「今も昔も給食は優秀な健康食。一食一食が、健康貯金のようなもの。日本の給食は、世界に冠たる食文化でもあるのです」と金田教授は言う。
平成17年に食育基本法ができ、地産地消を意識した献立も増えている。ちなみに、給食文化が高い県のひとつに滋賀県があるが、毎日ウェブサイトで紹介される守山小学校の給食は、仕事から帰宅する車中でチェックする保護者が多く、家族との会話も弾むという。子供の給食を、大人も楽しみにしているのだ。

その「子供から大人まで」という図式を具現化したのが宇都宮市だ。「ジュニア未来議会」という、中学生と高校生から選抜された生徒が「ジュニア議員」として夏休みの期間中に市議会議員の仕事を体験するが、そのジュニア議員が、「子供も大人も皆が食べられる給食」に関する提案を出し、宇都宮市役所内にて、世代を超えて給食を楽しめる場が誕生した。担当の、宇都宮市教育委員会事務局学校健康課・学校食育グループ、中村靖さんは言う。
「以前から、宇都宮市は食育に力を入れていて、給食がとても栄養バランスが良いということを多くの子供たちが知っています。そこに『自分たちだけでなく、市民の人たちにも食べてもらいたい』という提案が子供たちから出されました。通常は子供たちの提案を市の事業として実現するのは難しいのですが、今回は子供と大人を繋ぐ具体的で良い提案ということもあり、実現に至ったのです」
取材日、宇都宮市役所で出していた取材時の給食は、「揚げパン、厚焼き玉子、おひたし、すいとん、牛乳」。
「中学生に必要なカロリーとして設定しているため、大人には少々カロリーが高いかもしれませんが、宇都宮市の学校給食としては標準的なものです。また、事業として成り立つよう、『大人が食べたいもの』という視点から、ノスタルジックな揚げパンを主食にするなど、あえてアレンジはせず、今の子供たちが食べているのと同じものをお出ししています」
この事業は大変な反響で、現場を取り仕切るイートランド株式会社・やっちゃ場食堂店長の福島努さんは「11時開店で、12時前に売り切れてしまったこともあります。50代・60代の方々からは『懐かしい』という声がやはり多いですね。逆にOLさんなどにはカロリーが表示されていることもあり、安心であるというのも人気の理由かと思います」と言う。

そのほかにも、宇都宮市では様々な「食育」の取り組みを行っており、全93校で食育を重点的に行う体制を整え、学校農園での体験学習も全校で行っている。
「地元の農家の方に土地を借りたりしながら、実際に指導していただき、そういった『街の先生』方をゲストとして学校にお招きする『交流給食』も行っています。給食を通じて、世代を超えた大人と子供のコミュニケーションがそこで発生するのです」
学校ごとの特色を大切にし、それぞれの場所で知る食べ物の旬、そこから芽生える郷土愛。これこそが『食育』である。優秀な健康食が、大人にも身近なものになってきたのだ。
昨晩の暴飲暴食を反省する方も多いだろう。そんな時は一度、給食を思い出してみてはいかがだろう。懐かしさと、「健康でいて欲しい」という自分に向けられた誰かの愛が、そこに感じられるはずだから。

まにワッショイ

http://maniwasshoi.com/

宇都宮市役所 やっちゃ場食堂

http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/

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2014.11.17 UP