イカす人、綺麗な人

船木和喜

アスリートの時間と、アスリートでない時間。
そのふたつがあって、いまの自分があるんです。

KAZUYOSHI FUNAKI

船木 和喜

1975年、北海道生まれ。F.I.T所属。スキージャンプ選手。1994年、はじめて出場したワールドカップで初出場・初優勝(バッケンレコードも記録)という快挙を成し遂げる。1998年長野オリンピックで、スキージャンプ団体ラージヒル、個人ラージヒルで金メダルを獲得。個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得した。2002年、ソルトレイクシティオリンピックにも出場。

1998年の長野オリンピックで金メダルがとれて、翌年、実業団を辞めてフリーになりました。海外の選手はみんなフリーなんです。日本はチームに所属していれば成績が悪くても3食付いていて給料がもらえる。とても恵まれた環境にあります。5位、6位になった海外の選手が優勝した自分より喜んでいるのをみて、びっくりしました。彼らは人生をかけてやっていて、スポンサーが大切なので表彰台にあがるとすごく喜ぶわけです。自分も同じ土俵に立ったら、どういう気持ちになるんだろう、どんな風景が見えるだろう、と思ってフリーになりました。

スポンサーを探すのはたいへんでした。最初のころは新宿のビルに行って30社くらい入ってますから、アポなしで上から全部飛び込みで行って「スポンサーになってください」って。断られて降りて行って、下のほうにいくにつれて、すんなり言葉が出るようになった(笑)。いまはスポンサーも安定したので、そういう営業はやっていません。そうした日々があるから今があるんですね。

60歳になって、ジャンプ飛んでる選手が ひとりくらいいてもいいんじゃないかと思うんです。

また、競技をする子供たちの支援や、スポーツ人生を終えた後輩たちの雇用先をつくるために食品プロデュースの会社をつくりました。自らデパートの地下の食品売り場に立って、お客様に直接、商品を売ることもした。でも、恵まれているんです。実績のない会社なのに、僕が金メダリストだからそういうことができる。それもまた、後輩に伝えられるとてもいい体験です。

お話ししたように僕にはアスリートでない時間がある。でも、それは実業団時代なら練習以外に遊んでいた時間を当てているだけなので、フリーになって練習時間が減ったということはないです。食品の仕事や営業のストレスは当然ありますけど、それは覚悟ができていましたから。でも、確かに練習することで解消しているかもしれませんね。練習して、自分を追い込んでいくと、すべて忘れてしまう。アスリートの時間だけを生きることができます。

練習は午前中、ジムで4時間から5時間くらい毎日やっています。機械を使ってウェイトトレーニングをしたり、プールで泳いだり。

練習をしたら、昼は好きなものを食べます。ストレスがかかると体重が増えるので、それがないように好きなものを食べるんですね。夜、焼肉を食べたくなる時もありますが、昼に食べる。練習して30分以内に食べると、吸収率が低いんです。なので、太らない。運動した後は身体が回復するほうに動いているので、吸収しないんですね。そのかわり、夜は妻にコントロールされています。野菜が多く、炭水化物が少ない。野菜を使ったスープ系のものが多いです。朝食は食べないこともあるし、食べても本当に少なめですね。この3食でバランスがとれています。

今年のオリンピックには出場できませんでした。それはしょうがない。また、次の4年がはじまります。いつ辞めるのかとよく聞かれますが、孫から「おじいちゃん辞めて」と言われたら辞めようかと思っています。うちの娘がいま5歳だから相当先の話ですね。60歳になってジャンプ飛んでる選手がひとりくらいいてもいいと思うんです。

北欧にいたとき、びっくりしたことがありました。地元のおじいちゃんとお父さんと孫らしき3人が車でジャンプ台にやってきた。おじいちゃんが孫を写真にでも撮るのかと思って見ていたら、おじいちゃんと孫がジャンプを飛んでいて、お父さんが写真を撮っていた(笑)。すごくいいなあと思ったんです。日本でも、子どもも老人も生活の中でジャンプができるような時代がくればいいと思います。そのための取り組みも始めました。オリンピック・イヤーの次の年は新しいことが始まることが多いので、これからが楽しみなんです。

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